河野玄斗氏が英語授業で英文法を解説している映像に対して、こんな授業では「英語が嫌いになる」というポストがバズっていました。
まだ文法の理解が浅い段階で「独立分詞構文」とか「連鎖節」みたいな用語を連発されたら、教わっていて嫌になる気持ちもまあ理解できますが、「第4文型」や「能動態」といった基本の文法用語でさえ今の学生にとっては「英語が嫌いになる」原因になってしまうのかと思うと、ちょっと考えさせられるものがあります。
どうやら、「文法用語」というものはかなり嫌われているようです。
今回は「なぜ文法用語は嫌われるのか」について考えてみたいと思います。
学校では文法が教えられていない!?
そもそも今の学生は、英文法をどのように学習しているのでしょうか?
文科省の中学校学習指導要領解説には「用語や用法の区別などの指導が中心とならないよう配慮」、高等学校学習指導要領には「用語や用法の説明は必要最小限」にするということが書かれています。
もちろん「英文法を教えてはいけない」とは書いていませんが、現場では文法用語を使うことに慎重にならざるを得ないのでしょう。
実際、「学校で英文法をちゃんと教えないから困る」という塾関係者の話はよく聞かれます。
それで、多くの中学生・高校生(私立の進学校の生徒以外)は塾や予備校で初めて体系的に文法を教わったり、参考書で自習したりすることになるわけですね。
学校では文法など気にせず、楽しく英語を勉強していたのに、塾や予備校では受験のために面倒な文法用語を覚えさせられる。それで文法が嫌いになり、英語そのものまで嫌いになってしまう――。
こうして、文法用語嫌いの人が生み出されていくのではないかと思われます。
昔は「グラマーの教科書」があった
実はこうした事態は今に始まったことでもないのです。
伊藤和夫師は30年以上前に「最近は一番単純な能動態と受動態の違いが分からない学生がふえてきているような気がする」(『伊藤和夫の英語学習法』駿台文庫)と書いています。
1980年代にはもう基本的な英文法がわからない受験生が増えていたことになりますね。
実は、かつて高校では「グラマーの教科書」というものがあって、授業でもちゃんと文法を教えていた時代がありました。
しかし1980年代になるとグラマーの教科書は副読本に格下げになり、しだいに文法を教えないようになっていきます。
ただ、それでも当時は受験生の数がものすごく多い「受験戦争」の時代。
難関大を受験する生徒にとっては「英文法を勉強するのは当たり前」という意識がまだ強かったのではないかと思われます。
伊藤和夫師・山口俊治先生などによる文法を理論的に解説した参考書がベストセラーになったのもこの時代でした。
それから30年近くの時間をかけて、だんだんと文法用語は排除されていったのでしょう。
「文法用語」を教えることの弊害も……
学校で文法用語を教えなくなったのは、文部省(文科省)の方針によるものであるという側面は確かにあります。
ただ、必ずしもそれだけでなく、英語教育学者や現場の教師からも「文法用語不要論」は出ていました。
例えば、1990年に出た若林俊輔先生(英語教育学者)の『英語の素朴な疑問に答える36章』という本があります(現在は研究社で復刊)。
その前書きには、「日本では『英文法を教えること』,特に『英文法用語を教えること』イコール『英語を教えること』,という考え方で英語教育が進められてきた」と書かれています。
今からでは信じられないことですが、50~60年前ぐらいには小難しい文法用語を教えることが当たり前だったんですね。
でも、文法用語ばかり教えても生徒を混乱させて勉強が困難になるだけだし、このままでは日本の英語教育はダメになってしまうという危機意識が若林先生にはあったわけです。
そこで難解な文法用語を排除して、学習者に都合のいい英文法に組み替えようじゃないかという試みが、この『英語の素朴な疑問に答える36章』という本だったのです。
それでも「文法用語」は必要!
それでは中学生や高校生にとって文法用語は本当に必要なんでしょうか?
伊藤和夫師は受験英語のスタートとして文法用語を理解することが大事だと言っていました。
文法の細かい規則は後からでいいので、まず文法用語を使いこなして、それを通して考えるようになることが大事なんだというのです。
例えば、thatという単語が出てきた時、いちいち考え込むのではなく、「接続詞」か「関係詞」という違いをパッと見抜けるようになれば、読解のスピードが上がります。
ちょっと難しい話なのですが、「言葉」を理解するには「言葉」そのものの次元だけでなくメタレベルで考えることが必要で、そのために「言葉を説明するための言葉」である文法用語という道具を使うべきなのだというのが伊藤和夫師の考えなんですね。
こうした文法用語の中でも特に大事なのは品詞です。
品詞が何かがわかれば、英文の構造が見えてきます。そのためには品詞の用法(「名詞は主語・目的語・補語・前置詞の目的語になる」など)を理解して覚えておく必要があります。
こうした理解が不十分な人のために、伊藤和夫師は『英文法どっちがどっち』という薄い入門書を書いています。(※本書の内容は『英文解釈教室入門篇』(研究社)にほぼ盛り込まれている)
この本は「名詞 or 動詞?」「形容詞 or 副詞?」といった2択の問題に答えることで、品詞を中心にした文法用語を理解させるというコンセプトになっていて、文法用語を「道具」として使いこなすことができるようになります。
「文法用語」を使いこなすために
「文法を学ぶ必要はあるとしても、第○文型などという分類を覚えさせるのは不毛ではないか」
こういう意見も見られました。
確かに、「五文型のうちの第○文型」という数字は絶対的なものでもないですし、SVOCの記号でもいいですよね。
ただ、高校で採用されている「総合英語」の参考書は五文型で説明しているものがほとんどですし、それに従って五文型を覚えさせるという教え方は一定の合理性があると思います。
学習していくうえでまずオーソドックスな用語を覚えるというのは結構大事なことで、参考書の中には独自の文法用語を使用して説明するものもありますが、一般的な文法書で使われる文法用語から逸脱しすぎると他の参考書や辞書などを読んだ時に混乱する恐れもあるんですね。
そういった意味でもおすすめなのが、何度も取り上げていますが田上芳彦師の『英文法用語の底力』(プレイス)です。
この本ではさまざまな文法用語が解説されていますが、諸説ある用語を手際よく整理していて、偏りがないのでどんな参考書で勉強している人でも活用できるようになっています。
わからない文法用語を調べるためにも使えますし、通読も十分できる分量です。
文法用語が苦手な人はこの本を読んでおくと、文法用語の定義がつかめてその後の学習がスムーズになると思います。
※参考資料
【外国語編】中学校学習指導要領解説
https://www.mext.go.jp/content/20210531-mxt_kyoiku01-100002608_010.pdf
【外国語編 英語編】高等学校学習指導要領解説
https://www.mext.go.jp/content/1407073_09_1_2.pdf
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